実は私、クリニックを開業するまでは、リストカットの傷跡を見る機会がほとんどありませんでした。
というより、患者さんが来てくださらなかったのです。
それには、2つの理由がありました。
ひとつは、私が当時、病院で保険診療しか行っていなかったことです。
自傷の跡に対して、保険でできる治療がなかったため、対応が難しかったのです。
もうひとつは……
正直に言うと、私の中に偏見があったからです。
「自傷をするのは心が弱いから」
「わがままで、人の気を引こうとする人たち」
そんなふうに、自分の中で“線”を引いてしまっていました。
2017年、「きずときずあとのクリニック 豊洲院」を開業してから、少しずつリストカットの傷跡に悩む患者さんが来てくださるようになりました。
最初は戸惑いながらも、当院にあるフラクショナルレーザーを使ったり、切除や削皮といった形成外科の手技を使ったりして、できる限り傷跡を目立たなくする治療を行ってきました。
でも、心のどこかで「本当にこれでよかったのか」と思っていました。
治療を受けた患者さんの表情や反応を見ていると、本当に満足しているようには感じなかったのです。
もっといい治療はないだろうか。
そう思い続けていたときに出会ったのが、「戻し植皮®」という方法でした。
最初は本当にこれが正しい治療なのか、正直自信はありませんでした。
でも、次第に患者さんから
といった声をいただくようになり、少しずつ手ごたえを感じるようになりました。
そして同時に、私の中にある気持ちが大きく変わっていきました。
「これまでの自分の考えは、間違っていたかもしれない」
そう思うようになったのです。
当院に来てくださる患者さんたちは、アピールが強いどころか、とても控えめで、真面目で、繊細な方が多いと感じました。
私の中にあった偏見は、現実とはまったく違っていました。
そんなときに出会ったのが、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦先生でした。
先生の本を読み、3周年の記念講演で直接お話を聞く中で、
自傷とは「誰かに気づいてほしい」という心のSOSなのだと深く理解することができました。
また、当院で「どうして自傷を始めたのか」と患者さんにお聞きすると、約9割の方が「家庭や学校での人間関係のストレスが原因」だと話してくださいました。
——その瞬間、私は、自分の過去と重ねずにはいられませんでした。
私の人生も、決して平坦ではありませんでした。
小学4年生のときに父の会社が倒産し、家庭の中は大きく変わりました。
小学6年生の頃には両親が警察に連れて行かれ、その後離婚。
母は家を出ていき、私は父と二人で暮らすことになりました。
家の中では、会話も笑いもあまりありませんでした。
私はいつしか、「自分は世界で一番不幸な人間だ」「誰にも必要とされていない」と思うようになっていました。
中学に進学すると、目立たなかった私は不良グループのパシリのような存在に。
運動も勉強も苦手で、人と比べて誇れるところが何もないと感じていました。
人の目ばかり気にして、毎日がつらくて、何度も
「もう消えてしまいたい」「死ねば何か変わるんじゃないか」
そう思っていました。
でも、誰にも相談できず、ただ毎日をやり過ごすように生きていました。
中学2年の冬、「このままじゃダメだ」と思うようになりました。
「せめて、少しでも良い高校に行けるように勉強しよう」と思い、父に「通信教育を受けたい」と頼みました。
でも父から返ってきた言葉は、「お前に勉強なんか無理だ」でした。
その瞬間、私は心の底から絶望しました。
「この父のもとにいたら、自分の人生は変わらない」と思った私は、夕方、そっと家に手紙を残して、母の元へと家を出ました。
父を捨てるという決断でしたが、それは私にとって「自分の人生を立て直すため」の初めての決断でした。
その後、父とは30年以上会っていません。
でも母の元で勉強を続け、少しずつ成績を上げていき、1浪を経て医学部に進学することができました。
今振り返ると、あの中学生の頃の私が「リストカット」という行為を知っていたら、きっとやっていたと思います。
だからこそ、今目の前にリストカット跡に悩む患者さんがいるとき、私はその人を「他人」とは思えないのです。
「私も、あなたと同じだったかもしれない」
そんな気持ちが自然と湧いてきます。
だから私は、ただ傷跡を治すだけで、本当にその人のためになっているのか、考えるようになりました。
もっと、「自傷」という行為に対する偏見をなくしたい。
そして、苦しんでいる人が、正しい情報に出会える社会を作りたい。
リストカットをしないといけないくらい苦しんでいる人に、「よく頑張ってるね」と声をかけられるような、やさしいコミュニティを作りたい。
そんな思いから、松本先生やクリニックの仲間と一緒に、
「日本自傷・リストカット支援協会」を立ち上げました。
「戻し植皮®」という治療を中心に、医療・教育・社会の立場から、自傷行為とその背景にある問題に向き合っています。
これが、今の私の使命です。
あなたのその傷跡は、
「あなたがこの世界で、必死に生きてきた証」です。
消してしまいたいと思う日があっても、
その過去を抱えながら、ここまで生きてきたあなたのことを、
私は心から尊敬しています。
もし今、
そう思っているなら、どうか伝えさせてください。
あなたの過去は、あなたにとっての最善の過去です。
だからこそ、ここから変わっていけます。
※リストカット治療のご相談は上記のみからの受付となります
あなたの人生が変わるその一歩を、私たちは本気で支えます。
きずときずあとのクリニック豊洲院
院長 村松英之